蕗谷虹児の幼少期

蕗谷虹児は、明治31年、父20歳、母15歳という非常に若い両親の長男として新発田町(現新潟県新発田市)に生まれました。本名は、一男(かずお)といいます。

蕗谷虹児が生まれ育った新発田市は、新潟市に隣接する市で、古くは赤穂浪士で有名な堀部安兵衛、俳優の三田村邦彦さんや佐々木剛さん(仮面ライダー2号)の出身地です。

当時の蕗谷家は、小さな活版屋を営んでいました。

家計は、父が酒飲みだったこともあり、苦しいものでした。

病弱だった母は、髪結いの仕事をしたりして、家計を助けていました。

蕗谷虹児は、その母の傍らで、髪結いで美しくなっていく女性を眺めながら育ったと言います。

この幼少の頃の体験が、後の蕗谷虹児の作風の原点となったのは、想像に難くありません。

苦しい家計を助けていた蕗谷虹児の母は、虹児が12歳の時、27歳という若さでこの世を去ってしまいます。

新発田でも美人として評判だった母が、12歳の時に、きれいなままで、目の前からいなくなってしまったという体験は、後の蕗谷虹児の作風にも影響を及ぼしたことでしょう。

母の死により、家族が離散することになり、蕗谷虹児は、新潟市の印刷工場に丁稚奉公をしながら、絵の勉強を続けます。

そして14歳の時、新潟市長に絵の才能を認められ、上京して同郷の日本画家、尾竹竹坡の画塾で学ぶことになります。

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